国際武術連盟(IWUF、147加盟国・地域)は、武術太極拳を2008年北京オリンピックとさらに将来のオリンピックの実施種目にするために、武術太極拳競技の内容と審判ルールを革新し、向上させることを目的として、新しい競技ルールを確定しました。このルールは、2003年10月にマカオで開催された国際武術連盟技術委員会で提案された内容を骨子としているために、「2003年国際武術競技ルール(試行)」という名称で発表されました。
 2005年に実施された正式な国際競技大会からこの新ルールが適用されることになり、10月にマカオで開催された「第4回東アジア競技大会・武術太極拳競技」と2005年12月にベトナム・ハノイ市で開催された「第8回世界武術選手権大会」から、この新ルールで実施されています。

新ルールが目指すもの

 新ルールが目指すのは、武術太極拳がオリンピック競技にふさわしいスポーツとして、世界の観衆を魅了し、公正、正確な判定が行われる採点競技となることです。そのために、次の3つの項目を柱として構成されています。

  1. 高い技術レベルの競技を行うために、A級、B級、C級など等級別難度動作を設ける
  2. 武術の特徴と芸術性を融合し、観衆へのアピールを高めるために、演技を自由化する(自選套路)
  3. 審判員の採点基準を数量化し、客観化を進める

審判ルールの概要

 競技は従来ルールと同様の10点満点方式で行われますが、10点満点は次のように配点されます。

A組審判 (動作の質とその他のミスの採点)に5点を配点、3人の審判員が担当する
B組審判 (演技レベル)に3点を配点、3人の審判員が担当する
C組審判 (難度動作)に2点を配点、3人の審判員が担当する

 従来ルールでは、一人の審判員が一人の選手の10点満点の得点を採点し(9.2、9.30、9.15など)、そのうえで3人の審判員の得点を平均したもの(9.21)が選手の最終得点=成績となっていました。

 新ルールの大きな特徴は、一人の審判員は、一人の選手の10点満点の成績に関与することができなくなり、A組、B組、C組の各組のなかで、あらかじめ定められた減点個所などを観察して、個々の動作にたいして「減点するかしないか」、あるいは難度動作に対して「成功か失敗か」の判定を行い、選手の最終得点=成績は、コンピューターがA、B、C各組の減点などを同時集計して算出します。採点の過程での審判員の主観的な判定要素や人為的なミスを極力排除することができます。

■ A審判組

 3人の審判員が、長拳、南拳、太極拳、器械の各種目で、合計63個の減点項目を判定します。
 63個の減点項目は、選手の動作のなかで、歩型のミス(弓歩の膝が足先を超えるなど14項目)、バランス動作のミス(軸足の膝が曲がっているなど12項目)のように、具体的に決められており、大部分の動作は、ミスと判定されれば自動的に0.1点減点されます(顕著なバランスミス=倒れるなど、は0.2点減点)。
 審判員はこれらの決められた項目だけを観察して、動作が行われた3秒以内に、ミスかどうかを判定しなければなりません。3人の審判員のうち2人以上がミスと判定したものが減点されます。これにより、審判員の主観的な観点による判定や、見落としなどの判定ミスを排除することができ、審判員の判定要素を数量化し、客観化することに大きな効果が得られます。
 完全にコンピーター化された採点集計システムでは、一人の選手にたいする採点が終了した直後に、A組審判員の各人の判定の正確さが、「精度―パーセント」で審判長の管理モニターに表示され、精度が低い審判員にたいしては、競技中に交替させることもできるほど厳格に運用することができます。

■ B審判組

 3人の審判員が、選手の演技の勁力、リズムなどを3段階9級に分けて判定します。「優良」は3.0~2.70、「普通」は2.60~2.30、「低水準」は2.10~1.80とし、その中でさらに9級は、①級は3.00~2.90、⑨級は1.89~1.80のように細かく分類されており、3人の審判員はそれぞれ、①級の3.0~2.70のなかで、2.80や2.90と判定することができ、3人の審判員の平均点を、選手のB組の得点とします。
 この審判組の採点方法は、従来ルールと類似しており、武術競技の採点基準の多様な要素と、採点要素を客観化することの矛盾と課題を含むものです。
 なお、当面の国際大会では採用されませんが、このB組では「必須動作」の減点ルールが設けられています。長拳、南拳、太極拳、各種器械がそれぞれの種目の特徴となる典型的な動作8~10個を必ず組み込んだ自選套路にしなければならないこととし、これらの「必須動作」が1つ欠けるごとに0.2点減点することになっています。当面は、世界各国の選手が「C組難度動作」を取り入れることを重点とするために、この「必須動作」減点ルールは採用されませんが、将来はこれが採用されることになります。その場合は、上記の3人の審判員の「演技レベルの平均点」から、「必須動作減点」を差し引いたものが、選手のB組の得点となります。

■ C審判組

 選手の運動技術を高め、高度なレベルの競技を行うために、長拳、南拳、太極拳のそれぞれに「難度動作」と「連接難度動作」を設け、これらをA級難度、B級難度、C級難度の3等級に分類します。
 世界各国の選手の技術レベルがいまだに不均等であることを考慮して、当面の国際大会では、A級難度、B級難度だけで競技を行い、C級難度は全体の技術レベルが進展するのに伴なって導入されることになっています。

■ 難度動作

「難度動作」には①バランス難度動作、②足技(「腿法」)難度動作、③跳躍難度動作などがあり、例えば、長拳の③跳躍難度動作では、ジャンプして空中で360度回転して着地するのは「A級難度動作」で、この動作が成功すれば0.2点が加算される。同じ跳躍動作で、540度(1回転半)で着地の場合は「B級難度動作」となり0.3点が加算される。720度(2回転)で着地の場合は「C級難度動作」となり、0.4点が加算される。

■ 連接難度動作

 さらに、これらの難度動作に繋げて(=連接して)着地する動作が、決められた歩型などを伴なって行われれば、「連接難度動作」として、追加点が加算される。
 「A級難度」動作は、難度が比較的低いので(360度回転など)、これらの「A級難度動作」に対応した「A級連接難度動作」として、比較的簡単な「馬歩」、「坐搬」(両足を組合わせて座り込む)、「趺竪叉」(前後180度開脚)などが設けられている。この「A級連接難度動作」が成功すれば、0.1点が追加して加算される。
 一つの「A級難度動作」が成功すれば0.2点、その動作に繋げた「A級連接難度動作」が成功すれば0.1点が加算され、都合0.3点が得られる。「A級難度動作」が成功しても、その動作に繋げた「A級連接難度動作」が失敗すれば、0.2点しか得られない。「A級難度動作」が失敗した場合、その動作に繋げた「A級連接難度動作」が成功しても、得点は得られない。
 「B級連接難度動作」は、「B級難度動作」に対応して、A級より難しい着地動作(片足着地など)が定められており、これに成功すれば0.15点が加算される。「B級難度動作」が成功すれば0.3点、その動作に繋げた「B級連接難度動作」も成功すれば0.15点、都合0.45点が得られる。
 連接難度動作には、上記のような、跳躍難度動作(動)に歩型連接動作(静止)を繋げる「動+静連接」の他に、跳躍難度動作(動)にさらに別種の跳躍難度動作(動)を繋げる「動+動連接」もある(例;長拳の「騰空飛脚+側空翻(1歩以内)」や、南拳の「旋風脚360度+単跳後空翻」など)。また、太極拳では、静止動作から回転して静止する「静+静連接」もある(例;「前挙腿低勢平衡+180度転体提膝独立」など)。

 3人のC組審判員は、選手が試合前にあらかじめ提出している「難度動作登録表」を照合しながら、選手の演技の難度動作と連接難度動作の一つ一つについて、ルールに定めている「難度動作と連接難度動作の完成が規格に合わない場合の確認表」に基づいて「成功か失敗か」を判定します。
 一つの難度動作または連接難度動作にたいして、3人のうち2人以上が「成功」と判定したものが採用されて、その動作にあらかじめ定められている点数が自動的に加算されます。
 なお、C組の2点の配点のうち、「難度動作」の合計点は1.4点を超えないこと、「連接難度動作」の合計点は0.6点を越えないことが定められています。

選手が自選套路を構成して、演技する

 選手は、自分のレベルに応じて難度動作と連接難度動作を選んだうえで、全体の演技型(套路)を自分で構成します(自選套路)。難度動作を含む自選套路で競い合うことから、日本では「自選難度競技」と称しています。
 選手とコーチは、試合前の数年間~数ヶ月の期間、計画的に訓練をすすめるなかで、選手の得意な動作や、選手の特徴、風格を表現できる内容の演技型を構成し、その中に、難度動作と連接難度動作を何種類、どのように組み込むかに工夫しなければなりません。
 ルールは難度動作と連接難度動作の配点を2 点と定めていますが、選手は必ずしも、難度1.4点+連接難度0.6=2.0となるように構成しなくてもよいことになっており、自分が得意で失敗しない難度動作と連接難度動作を組み合わせた結果、1.3点+5.5点=1.85点で勝負に挑むこともできます。いずれにしても、難度、連接難度の動作が成功するか失敗するかで、選手の成績=順位が大きく入れ替わり、トップ選手といえども確実に上位を確保できる保証がないという、スリリングな競技となります。

自選難度競技の魅力と課題、選手の安全管理

 従来ルールは、1990 年北京アジア競技大会の際に確立したもので、その後小さな改定を重ね、「国際武術連盟1999年国際競技ルール」となっています。アジア競技大会種目になることをきっかけに、それ以前に行われていた自由演技の競技(自選套路競技)から、正確な採点を目指すために、規定演技型による競技(規定套路競技)となったものです。それ以降、時が巡って、オリンピックを目指す今日、「自選難度套路」による競技が登場しました。
「自選難度套路」は、高度な運動レベルを競う難度動作と、自由に技を構成する演技の多彩さを備えており、また、審判ルールも革新されて、まさに時代に合った競技形式として登場したことになります。
観衆にとっても、難度動作が成功するかどうか、演技の流れが武術太極拳のそれぞれの種目の特徴を生き生きと表現しているかどうかなど、武術太極拳の魅力をアピールすることになると期待されます。
反面、「自選難度套路」の内容が、難度動作だけに偏重し、各種目の特徴、風格を十分に表現できない場合は、武術太極拳本来の姿を失った味気ないものになる可能性もあります。また、選手が自分の運動能力を超えた難度動作を行えば、必ずケガや運動障害を引き起こすことになります。
日本連盟は2003年の第20回全日本選手権大会の最終日に、中国武術代表団を招請して「新国際ルール模擬競技特別演武会」を開催しました。その際の代表団の選手の演技は、私たちが懸念した通りの難度動作偏重、武術太極拳の風格が欠如していたため、当日急遽、観客、選手にたいして 「この難度動作に賛同するか、賛同しないか」のアンケートをとったことは、多くの方々が記憶されている通りです。当日のアンケートを回収した結果、「この難度動作に賛同しない」が2,020票、「賛同する」が332票で、圧倒的に支持されないものでした。日本連盟は、この結果を国際武術連盟と中国武術協会の指導者に示して、難度動作の内容を改良するように申し入れを行いました。
その後、国際武術連盟と中国武術協会の多くの関係者の努力によって、新ルール案は幾多の改良を加えて、今日の形となってきました。この「2003年国際競技ルール(試行)」は、自選難度套路の魅力を発展させ、課題を克服して行くために、今後も引き続き検討がすすめられなければならないものです。
一方、日本の選手とコーチは、新しい競技形式に対応するためにこの数年間、厳しい訓練を重ねてきました。選手強化委員会による、指定選手を対象にした東西重点訓練会場での訓練と、国内、海外強化合宿を繰り返して、自選難度競技の選手層を育成し、強化してきました。
難度動作の訓練は、従来の訓練法と大きく異なるもので、選手の基礎体力と運動能力を根本から鍛え直さなければならないものです。当初は難度動作を行うことなどほど遠い状態から、選手・コーチの努力の積み重ねのなかで徐々に形となって、2005年5月に横浜で開催された「2005年全日本競技大会」で初めて、「自選難度競技」が披露されるまでにこぎつけてきました。
中国やアジア各国で選手・コーチのプロ体制が敷かれているのに対抗して、日本がアマチュア選手体制のなかで厳しい訓練を続けることには、多くの困難を伴ないます。「難しいものに挑戦し、できるようになりたい、できるようにさせたい」、という日本の選手・コーチのスポーツマンとしての本能とスピットを十分に評価していただきたいと思います。この大会で、選手が難しい動作に成功しても、失敗しても、大きな拍手で支えてくださるよう、お願いします。
日本連盟は、選手の安全管理を最優先課題として、訓練によるケガや運動障害を予防し、合理的、段階的、継続的に技術レベルを向上させることができるよう、コーチ・指導者に要請しています。このために、「自選難度競技」の出場選手は、選手強化委員会が指定する選手だけに限定しているわけです。

従来ルールの今後

 新ルールによる「自選難度競技」に参加することができるのは、その運動特性から、極めて少数の選手に限られます。その他の圧倒的多数の選手が参加する競技は、従来ルールのままでよいのか、が大きな課題となります。
 新ルールは、審判の採点方法を数量化し、客観化することで、あいまいな採点要素を排除している点で、優れた、改革されたルールです。しかしながら、A審判組の63 個ある減点項目のうち、太極拳の減点項目は今のところ17個に限られているなど、現時点での限界もあります。
 「自選難度競技」以外の「規定套路競技」または「自選套路競技」は、難度動作に特化しない競技形式で、「自選難度競技」が削り落としている伝統的な武術太極拳種目の特徴と風格をより一層明確に表現できるようになることで、存在価値が高まり、今後も発展してゆくことができます。
 今後は、新ルールが定着するなかで、新ルールのA審判組、B審判組の採点基準を、「規定套路競技」と「自選套路競技」に適合するように、整理してゆくことが必要となります。あいまいな判定基準を排除して客観化し、なおかつ、伝統的な武術太極拳種目の豊富で多様な動作と特徴・風格を、よりわかり易く判定することができるように、時間をかけて改良、進化させてゆくことが必要となります。