― 健康と太極拳 ― ロコモティブシンドローム・整形外科・太極拳(中川 浩彰)

著者プロフィール

中川浩彰院長

中川 浩彰
中川整形外科クリニック院長

略歴・公職歴
・昭和58年 大阪医科大学卒業
・同年6月 同整形外科教室入局
 各医療機関へ出向後 ・昭和61年6月 大阪医科大学整形外科大学院入学
・平成8年9月 中川整形外科クリニック
 開院
 現在に至る
・平成11年4月 大阪市淀川区医師会理事
 就任
・平成28年6月 同副会長就任
・平成31年6月 同会長就任

私は大阪市内で整形外科を開業しています。私たち整形外科医の外来での問診の特徴は、主訴・現病歴・既往歴以外に職業、スポーツ歴を必ず聞くことではないかと思っています。整形外科における運動はリハビリを含めて重要です。私自身も学生時代にはサッカーをしていましたし、整形外科医には様々な運動部の出身者が多いのではないかと思います。学生時代に自分自身が怪我をして整形外科医のお世話になって、卒業後整形外科医を目指したという話はよく聞きます。ips細胞で有名な山中教授も大学時代はラグビ-をされていて、卒業後は整形外科医を志され、その後研究の道に進んだと山中教授と近しい先生から聞き及んでいます。

日常診療の中で初診時に問診の最後に今どのような運動をされていますかと社会人の方にお聞きしても、全く運動はしていませんとの返事をお聞きすることがほとんどで、働きながら体を動かしていくことの難しさを痛感しています。

運動を継続できないで高齢化すると、特徴的なのは筋力の低下とともに、バランス力が低下します。一歩の歩幅が短くなり足が思ったほど上がらなくなり、自宅でよく転倒するようになり、信号を渡るのに時間内に渡れなくなったりします。こうした現象を総称してロコモティブシンドロームと言います。

今後、日本は超高齢者社会となって引退して働かなくなっていく老人が増えていきます。世界的に見て高齢化した日本人は当然様々な疾患を負って生活することとなります。若い時には思ったこともない自分の思った様に体が動かない、以前には出来たことが出来なくなった等々。

厚生労働省や財務省は高齢者にかかる医療費・介護費用を抑えるべく、最近では平均寿命ではなく健康寿命が大事と喧伝しています。つまり寝たきり生活にならないためには、日常的に運動する習慣を身に着けて継続していくことを推奨しています。

それでは高齢者にふさわしい運動には何が良いのだろうか?と以前から考えていました。

約20年前(1997年)に、関東で「転倒予防教室」が開催されているということを研修会でお聞きしました。東京大学体育学教授武藤芳照先生が中心となって、東京厚生年金病院で始められて、成果を出されているのだとお聞きしました。その運動の中でも「太極拳」が高齢者に適していると話されているのをお聞きしてとても興味を持ちました。

勿論以前より中国武術には少林寺拳法を含めて様々な流派があり、太極拳はその中でも相手の攻撃から身を守るとともに守りながら相手を攻めるのが特徴と聞き及んでいました。実際に武術としての太極拳の試合を見たことは一度もない私としては、太極拳のイメ-ジは中国の朝、公園で大勢の人がゆっくりとしたリズムでバランスを保ちながら前後左右に重心移動を行っているというものです。実際に専門的に太極拳を学ばれている皆さんには、全く本質を理解していない素人の意見として聞き流して頂ければ幸いです。

武術としての太極拳を応用して体幹を含めた筋力・バランスを鍛えるという観点からは、素早く動かないで行える(むしろ素早く行って誤魔化せる動きではなく)体の強化には年齢の高くなったそれぞれの人に合った動きを教えることにより一旦落ちてしまった筋力やバランス力を回復することができるのではないかと考えています。

様々な可能性を秘めている太極拳ですが、運動能力の低下した方を含めて様々な運動レベルの人に見合った指導ができる指導者は少ないのではないでしょうか?

現在幸いにも私の大学の同級生が太極拳を教えてもらっていた先生の紹介で、中西太美先生に当院に週2回太極拳を教えに来てもらえています。

他の整形外科においてリハビリに太極拳を導入しようと考えている施設は少なく、まだまだ整形外科における太極拳の導入には人と時間が必要と思われます。