― 健康と太極拳 ― 太極拳とからだの使い方(山本 亮太)

著者プロフィール

山本亮太先生

山本亮太
アレクサンダーテクニーク教師・柔道整復師

略歴
〇1974年愛媛県生まれ
〇メディカルトレーナー専門学校卒
〇平成医療学園専門学校、柔道整復師科卒
〇アレクサンダーアライアンスジャパン吉備校卒
〇アプライドアレクサンダーテクニーク研究室開業

太極拳が健康によいのは、日々練習されている皆さんは感じられていると思います。

心肺機能の強化、柔軟性、心身のバランス向上などたくさんあり、知らず知らずのうちに実感が出てくるものです。私はアレクサンダーテクニークの教師として、からだと心の使い方を音楽家やアスリートに学んでもらっています。レッスンを受ける生徒さんらは、スポーツ等で、からだの同じ部位を繰り返し傷めたり、技術の伸び悩みなどで訪ねてくる事が多いです。よく観察してみると、“誤用”、使い方の思い違いがみてとれます。そこで、太極拳の練習で“誤用”を防ぎ、長く健康的に太極拳を楽しむための、からだの使い方を少しお伝えします。

膝(ひざ)、について話します。套路を練習している時、膝を痛める方がいます。初心者が慣れないうち、痛みが出ることもあるでしょう。長く練習しているのに段々と痛みが出てくるのは、膝関節の場所(曲がるところ)の思い違いをしているかもしれません。よくある思い違いは、膝のお皿が膝関節だと思い、使っていることです。実際に膝を曲げたり伸ばしたりして、自分の膝を優しく触ってみてください。本当の膝の関節は、お皿より低い位置にあります。探してみましょう。本当の曲げ伸ばしが起こる場所を発見できましたか?

週2回デイサービスセンターで治療の仕事をしています。膝が痛い利用者さんに膝の曲がるところはどこですか?と質問をすると、ほとんどの方がお皿を押さえます。膝が痛くて伸ばせない方に、思い違いを変え、動かしてもらうと、その場で膝が伸びたこともあります。日常生活でも、膝に負担がかかります。低い架式でゆっくり練習する太極拳もそれなりに負荷がかかります。せっかく鍛えているハズなのに、知らず知らず思い違いで余分な負荷をかけながら練習するのは傷める原因になります。

膝に係る思い違いを変えるメリットは他にもあります。お皿より低い位置に関節の動きを発見できたら起勢をしてみましょう。陳、呉、楊、武、孫、規定、何でも構いません。まずはいつものように起勢をしてみましょう。そのあと同じ起勢を新しく発見した膝の使い方で試してみましょう。どうですか?何か違いを感じましたか?いつもより重心が低く感じた方、逆に違和感で、ぎこちなくなった人もいるかもしれません。動きがぎこちなくなった人は、脳の学習変化に膝(からだ)が追いついていないだけです。生まれたての子鹿が初めて立つ経験をしているのと似ています。膝の使い方が変わると推手も変わります。弓歩、虚歩で無駄な力みが減り、相手からの刺激に対して安定感が出ます。試してみてください。

次に、鎖骨の長さについて話します。皆さんは自分の鎖骨を端から端まで触ったことがありますか?いい機会なのでじっくり触れてみましょう。まず胸骨側に鎖骨の端をみつけます。端がみつかれば、優しく指で触れ、肩に向かって少しずつ指を移動させて行きます。途中わからなくなれば、わかるところまで戻り、ゆっくりと探し進みます。どうでしたか?いつも自分が思っている長さや形に違いがありましたか?

よくある思い違いは鎖骨を途中で終わらせている、つまり短く思っている方が多いです。短く思い違いをしている方は、いわゆる巻き肩になります。肩の動きも無駄に大きくなり無駄な緊張がおこります。

肩関節は鎖骨の端の下にあります。新しく発見した鎖骨の長さで肩関節を動かしてみましょう。

余分な力が抜け、小さい範囲でスムーズな動きを感じられます。本来の鎖骨の長さと肩関節の位置が発見できると、肩や胸周りが自由になり、自然な含胸抜背、沈肩墜肘につながります。套路や推手、器械を練習する中で、時々鎖骨の長さを思い出してください。

自分のからだの使い方へ目を向ける機会になれば、と少し書かせてもらいました。

肩周りの使い方、膝に係る思い違いで太極拳の上達でつまずいたり、痛みが起こるのは残念です。最後に膝の関節面の話しもしておきます。膝の関節は大腿骨(太ももの骨)の下端と脛骨(すねの骨)の上端で構成しています。関節面を見ると大腿骨側はロッキングチェアの揺れる部分ように丸みのある2ヵ所の出っ張りがあります。対して脛骨側は2つの受け皿で出来ています。細かく見れば2つの関節面を滑り転がる動きで関節運動が起こります。椅子に座り膝のお皿の左右に指を優しく触れてください。そして触れたままゆっくり立ち上がってみましょう。いかがでしょうか?先ほど触れていた部分が脛骨の上に乗って行くのを感じられましたか?一つの膝の中で内側と外側の2つで支え使っていると思えば、太極拳での重心移動や定歩で、左右への膝のぐらつきが抑えられます。自分の身体をどのように思うかで使い方や動きも変わるものです。自分の使い方に興味が出たら解剖学書を眺めるだけでも新しい発見があるかもしれません。

思い違いを変えることはケガの予防にもつながります。すでに痛み等がある方は、誤用を発見するチャンスです。太極拳は心身を豊かにする素晴らしい武術だと私は思います。皆さんの健康で快適な太極拳ライフが続けられることを願っています。